[大隈講堂] × [1:意匠]

多様な使われ方を暗示する
キメラ的な様式の混在

関東大震災で一時は頓挫 再始動し1927年に竣工

大隈講堂(※1)の大隈はご存知のように早稲田大学の創設者で初代総長も務めた大隈重信(※2)です。大隈重信は人生125年説を唱えており、早稲田大学の中では100年よりも125年が意味のある数字になっています。そのことにちなんで、大隈講堂の時計塔は125尺(※3)の高さに設定されています。
125尺というのは約38mで10階建て程度の高さです。大隈重信は125歳まで生きると豪語していましたが、実際は1922年に83歳で亡くなっています。大隈講堂の竣工年が1927年のため、大隈講堂は大隈の死後5年を経て、死を悼むために建設されたということになります。
大隈講堂の建設にあたって、1922年にコンペが開催されました。応募総数は145点。当選3点、佳作6点などの選考が行われました。その時の一等案は現在の大隈講堂ではなく、岡田捷五郎と前田健二郎という東京美術学校(現 東京芸術大学)出身の建築家がチームを組んで応募したものでした。
しかし、コンペ開催の翌年1923年に関東大震災(※4)が起きて、この建設計画は一旦頓挫しました。そして、関東大震災から3年を経た1925年、当時早稲田大学建築学科の教員だった佐藤功一(※5)、佐藤武夫(※6)を中心としたメンバーで設計が再始動。2年後の1927年に満を侍して竣工しました。※1:大隈講堂は、早稲田大学早稲田キャンパスに位置する講堂で1927年に竣工。地上3階、地下1階で、早稲田大学を象徴する建物。
※2:大隈重信は内閣総理大臣(第8・17代)や外務大臣を歴任した政治家で、明治から大正時代にかけて活躍。新しい国づくりに取り組んだ。
※3:1尺はメートル法で換算すると約30.3センチメートル。
※4:関東大震災は1923年9月1日に発生した関東大地震によって、南関東とその隣接地で被害をもたらした地震災害。明治以降の日本の地震被害としては最大規模。
※5:佐藤功一(1878年 – 1941年)は日本の建築家で、早稲田大学理工科建築学科の創始者。
※6:佐藤武夫(1899年 – 1972年)は日本の建築家で、建築音響工学の先駆者と言われる。市庁舎や市民会館、公会堂などを数多く手掛けた。佐藤功一は佐藤武夫の恩師。
※7:大阪市中央公会堂は1918年に竣工。大阪市北区中之島にある集会施設で、国の重要文化財に指定。
※8:ニコライ堂は1891年に竣工。関東大震災で大きな被害を受け、1929年に修復。東京都千代田区神田駿河台にある正教会の大聖堂で、国の重要文化財に指定。
※9:明治生命館は1934年竣工。東京都千代田区丸の内二丁目にある建築物で、昭和の建造物として初めて重要文化財の指定を受けた。

コンペで選ばれた佳作には東京帝国大学(現 東京大学)出身の岸田日出刀などもいて、顔ぶれは必ずしも早稲田大学の卒業生ばかりというわけではありませんでした。一等案に選ばれた岡田捷五郎は当時早稲田大学で教えていた岡田信一郎の実弟です。岡田信一郎は大阪市中央公会堂(※7)、ニコライ堂(※8)、明治生命館(※9)などの設計者として知られています。岡田捷五郎は岡田信一郎を常に支えた実弟ということになります。

多目的ホールの原型としての大隈講堂

創建時は演劇もできる講堂ということが目指されており、完成以降、入学式や卒業式、講演、演説、映画、演劇、教員の最終講義など、さまざまなイベントが行われています。非常に多様な使い方をされるホールであり、それ故、大隈講堂は多目的ホールの原型とも言われています。音響設計(※10)で言うと残響(※11)が1.2から1.3秒。クラシックのコンサートを行うには若干短い設定となっています。
多様な使われ方をされるということが、大隈講堂の多様な様式が混在するデザインのスタイルと関係しているようにも思われます。
大隈講堂はゴシック様式(※12)、ロマネスク様式(※13)、そして内観は曲線曲面を多用した表現派的(※14)とも言われていますが、そういったさまざまな様式が一つの建物に混在する。ギリシャ神話に出てくるキメラ(※15)のようなこのデザインは、使われ方の多様性も暗示しているようにも感じられます。※10:音響設計とは、より良い音響空間にするために、室内の形状や防音・防振構造等を設計したり、その空間に適した音響設備の設計を行うこと。
※11:残響とは、室内などで音が鳴りやんだ後まで残って聞こえる響き。
※12:ゴシック様式とは、12世紀ごろの中世ヨーロッパで広まった建築を中心としたデザイン様式。尖ったアーチなどが特徴で、代表的な建築物として、フランス・パリのノートルダム大聖堂やドイツ・ケルンのケルン大聖堂などがある。
※13:ロマネスク様式とは中世西ヨーロッパの建築様式で、1000年から1200年ごろまでのゴシック建築以前の建築様式を指す。厚い壁と小さな窓、円形アーチなどを特徴とする。
※14:表現派とは20世紀初頭にヨーロッパで見られた建築様式で主観的・有機的なデザインを特徴とする。
※15:キメラまたはキマイラは、ギリシャ神話に登場する怪物で、ライオンの頭と山羊の胴体、蛇または竜の尻尾を持つ。