[大隈講堂] × [5:環境]

日本国内における科学的な音響設計の先駆け

マイク設備などがない中、音響工学は当時重要な学問だった

環境の中でも音響についてご紹介したいと思います。と言うのも、大隈講堂は国内で初めて、科学的な音響設計(※1)を導入した建物として知られているからです。設計者の佐藤武夫(※2)は音響工学の父とも呼ばれています。大隈講堂竣工時は28歳。佐藤功一(※3)の指導のもととはいえ、驚愕の若さです。
ホールは幅23m、奥行25m、高さは12mで、奥行きと幅は同程度です。そして、その半分程度の高さを持っています。竣工時は2,100席の客席が詰め込まれていました。現在は1,121席となっており、竣工時に比べるとおよそ半分の客席数です。
創建時の用途としては、講演から演劇まで想定されていました。そのため、音響的にはっきり聞き取れるということが目指され、直接音(※4)の確保と視野の確保が行われました。当時はマイク設備などがないため、音響工学(※5)は大変重要な学問だったと言えます。 ※1:音響設計とは、より良い音響空間にするために、室内の形状や防音・防振構造等を設計したり、その空間に適した音響設備の設計を行うこと。
※2:佐藤武夫(1899年 – 1972年)は日本の建築家で、建築音響工学の先駆者と言われる。市庁舎や市民会館、公会堂などを数多く手掛けた。
※3:佐藤功一(1878年 – 1941年)は日本の建築家で、早稲田大学理工科建築学科の創始者。佐藤武夫は佐藤功一の弟子。
※4:直接音とは出力された音が直接耳に届く音。一方、反射音は出力された音が壁などに跳ね返ってくる音。
※5:音響工学とは音の伝搬や放射の仕組みなどを研究することで、音響機器の開発・活用に活かされる。

形状や素材など随所に音響工学的な工夫

建物としては特徴的な意匠で、パラボラ曲面形状が採用されています。パラボラ型の局面というのは、反射音線(※6)の平行化(※7)ができる形状で、これによって不要な音の干渉を避けることができます。
また、エコーの防止のために、バルコニーの後方にカーテンを設置し、カーテンによる吸音を行っています。さらに、バルコニーの下の天井の形状が特徴的で、舞台側に向いて開いた断面形状になっており、客席に直接音と初期反射音(※8)が到来しやすくなっています。同時に、曲面天井のへこみが設けられていて、後壁からの反射音が舞台側に戻りにくくなっています。これによりエコーの防止がなされています。
また、もう一つよく知られているのが舞台背後の曲面の反射壁です。これはモルタルで仕上げられており、舞台演出の手法として用いられるホリゾント(※9)を曲面で構成して、音響的にも舞台上の音を反射。遠くまで到達させるという機能が実装されています。
椅子も改修が行われており、もともと固かった椅子は、柔らかく、広くしています。柔らかくするとどうしても椅子の吸音力が増して、残響時間(※10)が低減します。これをいろいろな方法で調整して、当初1.2秒から1.3秒だったものを1.1秒程度まで低減。大きな音響上の特性が変わらないよう改修方法が検討されました。
改修では遮音対策も進みました。改修前は D-40(※11)で、結構音が通ってしまう状態だったものの、これを D-55程度まで改善しています。 ※6:音線とは、音源から出た音を光における光線のように、音線として表わし、その音線が壁や天井などでどのように反射されていくかを示すこと。
※7:平行化とは2つの線が交わらずに並んで進む状態。
※8:初期反射音とは音源が発した音が壁などに反射した後に届く直接音から短い時間に到達する反射音。音は直接音、初期反射音、後部残響音の順に届く。
※9:ホリゾントとは舞台やスタジオで使われる背景用の布製の幕や壁、またそれを照らす照明。
※10:残響時間とは空間における音の響き具合を測るための尺度で、素材が固く、空間が大きいほど残響時間が長くなる。
※11:D値とは遮音性能を表す値。