建築を通じて世の中を見立て直す
建築を通じて世の中を見立て直す
身近なのに普段しっかり見たり、それについて考えることのない“建築”。そんな建築をいろんな側面から見てみることで新たな発見につなげたい。建築を通じて世の中を見立て直す。まちや暮らしのこれからをみんなで考えるきっかけにeasel AA(The Arts of Architecture)がなればいい。そんな想いからeasel AAは生まれました。easel AAの監修者であり、建築家・早稲田大学教授である吉村靖孝がその想いを語ります。
専門家ではなくもっと広い人に建築に触れてもらいたい
easel AAは建築を専門的に学ぶということは目的にしていません。ここではきっかけを掴んでほしい。
私は建築家であり、普段大学でも建築を教えています。そうした中で、専門家向けの教材を目にする機会は多いのですが、もっと広い人に建築に触れてもらう機会を作りたい。そう考えたのが、easel AAをつくったきっかけです。
easel AAでは意匠、都市計画、歴史、構造、環境、生産、法の7つのテーマと実際の建築物を掛け合わせることで、興味を持ったテーマから、あるいは建築物から、好きなように、横断的に見ることができるようにしています。
この発想のベースになったのが、私が2006年に出版した『超合法建築図鑑』という本です。この本では実際に街中に建っている建築物を通して法規を学ぶという試みを行いました。法規というと一見堅苦しい感じがしますが、教科書に書かれたものではなく実際の建築物を通すことで、楽しく学べるんじゃないかと考えたのです。実際にこの本を通じて、自分が住んでいる街がそれまでとは違う見え方がするような、読む人がそんな体験ができる本に仕上がっていると思います。
すでにあるものとの関係を考える“建築的思考”で新しい発見を
建築って自分に関係ないと思う方は多いと思います。実際に、建築のことを知らなくても、家に住んで、学校や職場に行って、普段の生活に支障はありません。でも、逆に建築に接することがない人はいないと言えるほど、あらゆる生活のシーンに建築物は広がっています。
だから、私は建築家だけが建築のことを考えていればいいとは思いません。
特に建築の周辺にいる人たち、例えば照明なら電気のエンジニア、都市計画なら直接プロジェクトに携わる人だけではなく、デベロッパーや政治家、地権者など。そういった人たちがeasel AAを通じて、建築という学問があり、普段何気なく暮らしている街にも、背景にはいろんな歴史や想いがあること。それを少しでも感じていただければと思います。
“建築的思考”という言葉がありますが、私はそれはすでにあるものとの関係を考えるということだと思います。街に出掛けて食事をすれば、器やテーブル、店のインテリアや他の客、さらに店の外の景色やそこにたどり着くまで見た風景、その街の雰囲気など、店舗という一つの建築物をとっても、いろんな背景や関わりがある。
そうした背景や関わりを知ることで、何も知らなかった時は考えもしなかったところにも目が向くようになって、新しい発見があると思います。そして、さらに興味を持った方は自分で調べたり、あるいは実際にその建築物がある場所に赴いてもいい。
教科書で1から10まで学ぶのではなく、そういった種を自分の中に播く。あとは自分でその芽を養っていく。easel AAが目指すのはそんな新しい学びです。
建築はあらゆる分野と密接に関わり相互に影響し合う
建築はものをつくる学問の基礎のようなところがあり、建築が関わらない分野はないと言っていいほどです。
例えば、建築の中にもエアコンやエレベーターなどがあって、そうした機械や設備がなければ今では当たり前の高層ビルもできなかったわけです。そういう意味では、機械など建築以外の分野とも密接に関わり、また相互に影響し合っていると言えます。
私自身の建築との出会いは最初は車のデザインでした。そこから調べていくうちに建築に興味を持つようになり、現在は車の量産の考え方を建築にあてはめてみた実験なども行っています。
そうした体験等も通じて、建築はあらゆる学問分野とも関係しているということを実感しています。
日本の学校では建築は理系と文系の結節点のような位置付けで、建築学科は工学部の中にあったりします。それは日本の大学における建築の特徴であり、強みだと私は考えているのですが、授業で機械系の学生に建築を教えている中で、建築系の学生であれば考えつかないような発想に出合うことがあります。
例えば建築物は動かないものという暗黙の認識があると思いますが、植物のように太陽の動きにつれて回転する建築物があれば、暖房費が抑えられるかもしれない等。そんなことは建築を専門に学んでいる人ほど考えつかないものです。
新しい建築が生まれるのは案外そうした異分野との出会いにあるのかもしれません。
みんなの声で楽しくハッピーに暮らすことができる社会へ
日本では加速度的な人口減少期に入っていますが、これまで建築や都市を支えてきた理論は、基本的に人口が増えていくことをベースに作られていました。だから、これまでのようにビルをどんどん建てれば、人が自然と集まるというものでもない。
大きなターニングポイントを迎える今、これを放置すると大変なことになる。みんなが楽しくハッピーに暮らすことができる社会にしたい。そのためには、建築家だけではなくいろんな人の声や知恵が必要になると思います。
例えばインターネットが離れた人をつなぐ技術だとすればそれを組み込んだまちづくり、高齢者でも移動が容易なようにパーソナルモビリティにも考慮されたまちづくりなど。
建築は建って終わりではなく、人が使うことによってその環境にフィードバックしていくようなところがあります。そういう全部を含めて考えていく。それがこれからのまちづくりには必要で、それは生活者としてみんなで考えていくことだと思います。
吉村靖孝 建築家・早稲田大学教授
1972年 愛知県豊田市生まれ
1995年 早稲田大学理工学部建築学科卒業
1997年 早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻修了
1999年 文化庁在外芸術家研修員としてMVRDV(蘭)
2005年 吉村靖孝建築設計事務所設立 / 東京大学大学院、東京工業大学、東京理科大学ほかにて非常勤講師を歴任
2013年 明治大学特任教授
2017年 立命館大学客員教授(現職)
2018年 早稲田大学教授(現職)